私が開業した理由について。
少なくとも滋賀県の臨床心理士で、私のように一般に向けて開業している方はほんのわずか。大多数は、どこかの組織に属し、それぞれの専門性を生かして活躍されておられます。
たぶん、私は少数派。
よく開業したね!と驚かれることも多々あります。
今のように個人で開業しようという考えを持ち始めたのは、さかのぼること20年くらい前。ある大手企業の中の相談室でお勤めの先生(心理士)の一言がきっかけでした。
「お前、開業しろ。開業したほうがええで。」(大阪弁)
当時、私は地方の心療内科クリニックの常勤職員でした。その先生は、他県で病院勤務の後、個人でカウンセリングルームを開業されていた経歴もお持ちでした。
当時、その先生のもとで一緒に勉強していた心理士仲間が他に2人おりました。2人は地元の大きな精神科病院勤務で、勉強会でのコメントも冴える、論文発表もする優秀な2人。
なぜか私にだけそうおっしゃったので、「心理士として向いていないと言いたいんだろうな」とひそかに落ち込んでおりました。
その数年後、その先生は50歳を迎える前に、ガンで亡くなられました。
2回目の入院の時にお見舞いに行こうとしたら、その先生ととても仲のいい別の先生から「見舞いより、手紙を書いてほしい。それを渡すから。」と言われました。
その言葉で、先生があまり長くないことを悟りました。
その夜、手紙を書こうと便箋を広げましたが、涙が止まらず、最後まで書けませんでした。
その数日後の夜、勉強仲間から先生が亡くなったと電話をもらいました。
結局、先生に手紙を届けることはできませんでした。
お通夜に伺った時、静かに眠った先生の顔を見て、頭に浮かんでいたのは、
「先生、どうして私に開業しろって言ったんですか?」
私に開業を勧めた理由を知りたかった。
一緒にお酒を飲んで、
まじめな仕事の話からおバカな笑える話まで。
本当にたくさんのことを話し、教えて頂きました。
でも、一度もそのことを、直接先生に尋ねることはできませんでした。
「お前はな…」と足りないところを指摘されそうな気がしていたからです。
その後、クリニックの常勤職を辞め、自分が心理士として何ができるのか、領域を選ばす、声をかけて頂いたいろんな仕事・現場を経験してきました。
そして頭の片隅にずっと残された「開業しろ」の言葉。
その領域だけは避けてきました。
それから、約20年。
もうすぐ、その先生の生前の年齢を超えます。
そして去年起業し、この5月にはオフィスを構えました。
先生の言葉ではなく、私自身の中に、
「開業したい理由」が明確になったからです。
いろんな現場を経験したからこそ、見つけた自分のミッション。
「おとなの保健室」的場所を作ること。
悩んでいる方と病院の中間に位置する、別の場所になること。
このコロナで、オンラインカウンセリングが爆発的に増えた気がします。
それは、これまでも多くの方がカウンセリングを求めていた、潜在的ニーズの表れとも捉えられます。
日本では、まだまだカウンセリングルームというものが、他の諸外国に比べて少なく、今でも臨床心理士・公認心理師によるカウンセリングは、ほとんどの場合、病院へ行かなければ受けられません。
カウンセリングを受けたいけど、
「病院にいくほど悪くはない」
「病院に行ってるのを見られたら困る」
そういって、来院をためらう方を多く見てきました。
中には、やはり話を伺うだけではなく、病院受診・薬物治療が必要と思われる方もおられました。
でも、「病院=精神的病気の治療」という壁・偏見。
それも理解できます。
今でも、住んでいる地域を避け、わざと遠くへ通う方もおられます。
私は長年クリニック・病院で働いてきた心理士なので、カウンセリングと同じく、精神科での診察・薬物治療が重要であることを十分理解しています。
だからこそ、その偏見や治療への不安から受診をためらっている方へ、必要ならば、安心して受診して頂く橋渡しの場になりたいと考えています。
子どものうちは、
公的相談窓口
スクールカウンセラー
学生相談…など
十分ではありませんが、そういった社会的な支援・窓口がたくさんあります。子どもたちを救おうと、多くの大人が受け皿を作っています。
でも、不登校に悩む保護者・夫婦関係に苦しむ方・職場で悩んでいる方…
大人の相談窓口は、子どもの時ほどありません。
子どもの時ほど、誰かが受け皿を作って待っているわけではありません。
これはあくまで私の私見ですが。
大人が深刻に悩む時、急に窓口が「精神科」になります。
病院にかかる前に、ちょっと相談する場所が少ない気がするのです。
だから。
私が作りたい受け皿のイメージは、学校の「保健室」。
校内で具合が悪い時に、
一時的なケア・応急処置をしてくれる場所。
必要と判断すれば、しかるべき治療へつなげる場所。
教室とは違ってちょっと気をゆるめて、別の顔も見せられる場所。
大人になっても、こういう場所は必要かなと。
むしろ大人こそ、必要かなと。
社会・大人のしんどさは、やがて社会的立場の弱い人、
そして子どもへと伝播していく。
だから、子どもの受け皿と同じく、
しんどさの源流にある大人にも、受け皿が必要。
だから、私が目指すのは
企業の中・地域の中の「こころの保健室」
大人に逃げ場がなければ、子どもを守ることもできない。
私はそう考えています。
もちろん、しょせん一人でやるには限界がある。
心理士の私ができることにも限界がある。
だから、これからいろんな方・組織・病院と信頼関係を築き、さまざまな現場で働く専門性の高い心理士・多職種の方々とりながら、大きすぎず、小さすぎない地域の受け皿の一つになれたらと思っています。
先生、ついに開業しましたよ。
力不足なところもありますが、ここから頑張っていきます。
